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8年の変遷 : 仕事上での役割の変化


最初、雇ってもらえたと喜んでいたのも束の間、
実は3ヶ月のみの契約であったことがわかり、かなり落ち込みました。
残念だけどあなたの場所はないといわれ、
やっと知り合えたプロシュート職人仲間にどこか他の工場を知らないかと聞いて回りました。
そのとき助けてくれたのが当時の責任者ピエトロと今の責任者のカルロでした。
こんなにプロシュートを好きなやつを辞めさせるなんておかしいと会社にかけあってくれ、
何とか正式契約を結べたのでした。


働き始めて3年間はプロシュートの上げ下ろし、掃除だけでした。
生の状態で13〜16kg、できあがった製品として10kg前後あるプロシュートを、
毎日1000本以上を持ち上げ、移動させるのがこれほどきついとは思いませんでした。
しかし、言葉も全くわからないのに雇ってもらえたこと、
夢にまで見たプロシュートに触れながら仕事ができることがうれしく、
嬉々として働いていたことを思い出します。


働かせてもらえているうえに給料までもらっていることに、
いつも感謝していたのは事実ですが、
仕事を覚えるために与えられたこと以外のことをしようとすると、
余計なことをするなと怒られていました。
仕事を教えてもらうことに飢えていた自分の中に、
フラストレーションが少しずつ溜まっていくのを感じていました。

そんな時、同僚のステファノから、
この国では黙っていたらその現状に満足している、と思われてしまうから、
自分のやりたいことをはっきりと主張しなければいけない、と忠告を受けました。
黙ってしっかりと仕事をしていれば、
きっと引き上げてくれるに違いないと思い込んでいた自分には、
とても衝撃的な言葉でした。

そこからことあるごとに仕事を覚えさせてくれと掛け合いましたが、
専門職 (包丁、塩振り) をやっている職人は皆15年以上働いた人間ばかり。
皆10年は下積みを経験しています。
ほんの2,3年働いた人間に仕事を覚えさせてくれるわけがありません。
それでもあきらめるわけにはいかず、
あるときは嫌がられ、あるときは怒られ本当にしつこかったと思います (苦笑)。


そして4年目に入るころ、やっと包丁を持たせてもらう許可がおりました。
3年間、全てのものを見逃さずに見てきたつもりでしたし、
隠れてステファノに教えてもらっていたので、できると思っていたのですが、
実際に包丁を持ってみると奥が深くかなり焦ったのを覚えています。

パルマハム協会ではパルマハムの形が指定されており、
整形 (包丁で形を整えること) はとても大事な仕事のひとつです。
さらにGALLONIはその形にこだわり様々な基準を設け、
一流の職人の包丁裁きは芸人の技を見るようです。

子供のころ習字を習ったときのように、包丁を持ったその手を職人に持たれ、
耳元で「力を抜け!」「違う!」「切りすぎ!」などと怒鳴られながらも、
1年ほど経つころには包丁職人として仕事を任せてもらえるようになりました。


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 整形のポイント

・整形前の原料肉を見て肉の色、肉質の状態、脂肪の色、脂肪の厚さ、脂肪の状態、
 皮の色、状態をチェックし問題があれば返却処分にします。

・全ての状態が完璧なもののみ整形をしますが、
 チェックポイントが8箇所ほどあり多い場合で8〜10回包丁を入れます。
 (うまい職人ほど全てが流れるように動き、一筆書きのようです)

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6年目に入る頃、それまでの仕事振りを評価されたのと、
相変わらずしつこくお願いしていたのが功を奏したのか、
やっと塩振りを習う許可が下りました。

パルマハムは塩のみを用いて作るため、
この塩加減がその命と言っても過言ではありません。
塩振り職人は自分の前に置かれた原料肉を一目見て
その肉の色、状態、脂肪の厚さ、皮の色をチェックし、
どこにどれだけの塩を振るかを瞬時にイメージし、
そのイメージどおりに塩を振らなければいけません。
塩を振る重要部位は8箇所ほどあり、最低8回の手の振りが必要です。


私が働いている工場の塩振り職人は下積みを17年間こなし、
塩を降りはじめてもうすぐ10年というカルロです。
15歳からプロシュート作りの道に入った筋金入りの職人です。
その彼からマンツーマンで教わることになりました。

この塩振りも一挙一動見逃さないように、いつもしっかり見て、
頭の中にその動きはしっかり叩き込んだつもりでしたが、
実際やってみると全くイメージ通りに塩が振れません。
振った塩を落とされ、本当に何度も何度もやり直しを出されました。
時間があれば塩を触り、振る練習をしましたが、
どうしてもイメージどおりにいきません。

頭の中には「巨人の星」のテーマ曲が流れ、
まるで大リーグボールを編み出すために必死に特訓をしている、
そんな気分でした。

しかし、あるときやっと閃いたのです。
自分の中にあるイメージ (まさに野球のボールを投げるような) が湧き、
そのとおりに振ってみると面白いように自分の思ったところに思ったように振ることができました。
それからは自分でも驚くほど上達し、
GALLONIの他の工場にも助っ人として塩を振りに行くまでになりました。


パルマハムを作る工程で包丁、塩以外にもう1つ大事な仕事があります。
パルマハムが出来上がったときに鑑定する職人です。
この鑑定に用いるのが、なぜか馬のすねの骨を削って先を尖らせたものです。

今までに様々な骨や金属、プラスチックなどをを試したらしいのですが、
衛生的にも優れ、そのもの自体の匂いがない上に、
パルマハムの匂いが一番つきやすく、
なくなりやすいのが馬のすねの骨だそうです。

この鑑定には、ハムの5箇所 (鑑定部位が決まっています) を刺し、
一瞬にして嗅ぎ分けるので、
前に刺した場所の匂いが残っていてはいけません。
これは少し特殊な仕事で、何よりも大事なことは鼻が利くことです。
例え経験が20年以上あっても鼻が利かなければこの仕事はできません。

現在この仕事の責任者のフランコは、
まず風邪も引かず、タバコを吸い、
ガムを食べながらでも全ての匂いを嗅ぎ分けてしまう、
犬のような強靭な鼻の持ち主です (普通はこの仕事をしている人はタバコは吸いません)。

フランコは最初はとっつきにくい人間だったのですが、
ある時期を境に認めてもらえるようになり、
機会があると嗅ぎ分け方を教えてもらうようになりました。
私は鼻が利くという評価をもらったのですが埃などを感じると、
すぐにくしゃみが出たり鼻水が出るのでとても体に気を使うようになりました。
もちろんタバコは吸いません。

この仕事の難しいところは隠れた匂いを嗅ぎ分けられるかということです。
例えば本当に「だめな匂い」というのは嗅いだ瞬間にわかるものなのですが、
「いい匂い」の中に微妙に含まれている好ましくない匂いを嗅ぎ分けたり、
「いい匂い」の中から本当に最高の匂いを嗅ぎ分けることは簡単ではありません。


7年目に入る頃にはGALLONIの品質会議にも参加するようになり、
自分もやっとパルマハム職人の仲間入りができたと思えるようになりました。
ただ、パルマハムというイタリアの伝統的な食べ物の塩振りを、
日本人がしているということが全ての人にいい印象を与えるとは限りません。

外国人に何がわかるという感覚は当然こちらにもありますし、
弱冠7年目で包丁、塩をこなす職人は誰もいません。
一瞬たりとも気が抜けませんが、
そのプレッシャーをエネルギーに変えることで集中して仕事をし、
本当においしいものを作る努力をし続けたいと思っています。






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